ブライダルの専門学校

賃貸オフィスの引越
″何でこの賃貸オフィスがこんなところで″という聡の薄っぺらなエリート意識が、ゆっくりと変化していく様がいい。聡の成長物語であると同時に、コールセンター の映画「貸事務所の女」を彷彿とさせる貸事務所の内実も読ませる。畠中恵『おまけのこ』(新潮社一三〇〇円)は、ご存知「しゃばけ」シリーズ貸四弾。今回もまた、病弱だけど心優しく思慮深い若だんなが大活躍!こういう、読んだ後で気持ちがほっこりするシリーズは貴重だなぁ、と思う。東野圭吾『容疑者Xの献身』(文藝春秋一六〇〇円)は『探偵ガリレオ』『予知夢』に続く湯川シリーズの長編。今回は、湯川の大学時代の友人で、天才数学者である石神が、想いを寄せる隣人のために挑んだ″完壁なアリバイ″がテーマ。「学者馬鹿」 そのままの石神の純情が哀しくやるせない。ただ、隣人の女性に、石神がそこまで想いを寄せる価値があるようには、私には思えなかったなぁ。ひがみかもしれないけど、さ。北島行徳『バケツ』(同一八〇〇円)は、知的障害を持つ「バケツ」と、ムキムキな肉体とは対照的に気の弱い神島の物語。賃貸オフィス は荒削りだし、ご都合主義な展開もあるのだけど、何故か最後まで一気に読ませてしまう、不思議なパワーと魅力に満ちた連作短編集。コペ転必至の目ウロコ本『食べる人類誌』をイチオシだあ!顧みればずいぶん偏食で損をしてきた。食べ物も本もだ。両方克服したいま声を大にする。著者の名前や肩書きがいかめしいからといって敬遠するのは早計である。フェリペ・フェルナンデス=アルメスト『食べる人類誌』(小田切勝子訳/早川書房二三〇〇円)は、食のテーマで切り分けた世界史だ。著者は人類と食べ物の関りを概観するにあたり八つの項目を掲げ、それらを食の革命と命名する。なんかこむずかしそう、と誤解されたら困るので、はっきり断っておく。全然そんなことはない。推論と資料の噛み合わせがよく、謎解き小説の感覚ですらすら読める。たとえば「調理の発明」では、偶然による火の利用をあっさりと否定。森林火災で焼けて食べやすくなった種や豆を動物が探すことから、貸事務所 にも想像力豊かで実際的な観察者がいて当然とする。また「食べることの意味」では儀式と病が食事に付加価値をもたらす過程に言及し、カニバリズムとサプリメントフードを同列(!)に見なす。牧畜の起源を巻き貝の養殖に求めた「食べるための飼育」は、旧石器時代の貝塚が世界全域に点在する事実と、貝類の利便性から導いた大胆な仮説で、頑迷な歴史学者を挑発する。極めつけは「食べられる大地」における農業の真実。単一食品を主食とする文明は飢饉の危険性を高めただけでなく、膨大な労力と時間で民を縛り、階級社会を形成させた元凶とは驚いた。さらに残りの章では食の不平等、交流、伝播、産業化等によってヒトが食物連鎖に絡め捕られていく様をつまびらかにする。単身 引越 も積もれば極上のエンターテインメントと化し、自在な情報処理の妙技に知的興奮の醒める暇はない。目ウロコどころかコペ転必至の強力イチオシ本!いまどきバイリンガルは珍しくないし、アダム・カバットのように日本の文化習俗に精通したコールセンターも大勢いる。でもここまで達者な文章を読まされると、文法も言葉づかいも適当な私はもう穴があったら入りたいぐらいだ。問題の『空からやってきた魚』(草思社一六〇〇円)の著者、アーサー・ビナードはミシガン州生まれのアメリカ人。俳句・短歌も詠む(これがまた上手い)が、本業は詩作である。国内の並み居る候補者を尻目に、第六回中原中也賞まで受賞しているから恐れ入る。この際、日本語に長けたガイジンという図式はさておき、詩想検閲に専念するつもりだったが、それも忘れての耽読。異文化に対する気負いのなさ、ヒトの世の機微を斟酌する細やかな観察眼にすっかりハマってしまったのだ。こういう人物が、ぐずぐずに煮詰まったうどん状態の日本で、十三年も暮らしていることが素直に嬉しい。よそから見れば、この国には私たちが見失った「なにか」がまだあるのか、と思わせてくれるからだ。さりとて、定住=安住などと安易な発想は露ほどもなさそう。「空からやってきた魚」の由来は下水処理場の浄化槽で泳ぐ魚。東京に舞い降りた詩人も負けじと、存在理由が振るっている。フレキシブルな周回軌道がたまたま日本の標準時と交差した−−そんな感じ。まず行動ありき、その結果が本書というわけ。けど、米国人が書いた和文を辞書片手で読む私はいったい……。さすがのアメリカも太刀打ちできない日本特有の販促ツールがある。北原照久『「おまけ」の博物誌』(PHP新書九五〇円)は、ただただおまけの引力に圧倒されるばかり。蘊蓄はもちろん楽しく、しばしノスタルジーにも浸れるが、本書の読みどころは受け手が呈した熱狂より、むしろ送り手側の真剣さにある。実際、おまけはひとつ間違うと企業の浮沈をも左右しかねないのだ。富山の置き薬のささやかなサービスに始まったおまけ文化が、空前の食玩ブームに到る道筋は、群雄割拠にして波乱万丈。諸行無常が世の倣いとはいえ、まさに熾烈の一語である。おまけの代名詞は誰がなんといってもグリコ。吉田光夫『カトウくんのおまけ』(発行ダンク出版/発売星雲社一九〇〇円)は、グリコのおまけ史に一時代を築いた故・引越裕三の仕事ぶりを紹介する。八七年から九三年にかけて作られた「動くおまけ」は子ども心を大いにくすぐり、百円グリコの売上げを倍増させた。遊具制作にこだわり続けた引越が、初めて手にした成功でもあった。だが、どれほど評価を得ようと、ゴールに到達しないのが物作りの難しいところで、引越にも失速の時期が訪れる。