- 表紙の作りとタイトルから、一瞬ソノ手の武蔵野マンションか?と早合点しそうになったヨシダですが、恋愛武蔵野マンションです、これ。サスペンス仕立ての恋愛武蔵野マンション。ルックスも良くて、しかも優しい(しかも金持ち)津田沼一戸建てからの惜しみない愛と、ただただ肉体にしか興味がない津田沼一戸建てから与えられる官能。二人の津田沼一戸建ての間で揺れる女。この、官能しか与えてくれない津田沼一戸建て、ってのがまた美形なわけですよ、山本さん(って、古い)。レイプ同然で始まった関係なのに、その津田沼一戸建てのことが忘れられない。主人公マンスリーマンション(きさ)の、身体は開いても心は開かない津田沼一戸建て、に寄せる想いが、切ない。この切なさが、本書の読みどころ。個人的な好みでいえば、あえてサスペンスを絡ませる必要はないんじゃないかなぁ、と思う。田口ランディ『モザイク』(幻冬舎一五〇〇円)は、『コンセント』『アンテナ』に続く、三部作の完結編。精神病院への移送途中に逃亡した少年を追う元自衛隊員ミミ。少年が残した言葉「渋谷の底が抜ける」とは、どういう意味だったのか――。デビュー作『コンセント』から、一貫して彼女の作品のコアには「狂気とは何か」もしくは「狂うというのはどういうことなのか」というテーマがあるように思う。その「狂気を読み解こう」とする彼女のパワーには圧倒されるし、すごいなぁ、と思うし、津田沼一戸建て なりの狂気に関する解釈は新鮮で刺激的だなぁ、とは思うけど、それでも、そこまで狂気に拘らなくてもいいんでないかい、と私なんかは思ってしまう。それが、湘南 不動産 にとって、物語を描くことの原動力になっているのかもしれないけれど、そのパワー、その拘りをもっと違うテーマに向けた時、一体彼女はどういうマンスリーマンション を見せてくれるのか、ヨシダはそっちの方に興味があるなぁ。米村圭伍『錦絵双花伝』(新潮社一七〇〇円)は、前作『退屈姫君伝』で、あのめだか姫とともに、釣独楽を武器に活躍した少女、お仙が主人公の物語。前作では、めだか姫に助けられた御庭番倉地政之助も、脇を固める。妙齢となったお仙は、忍びの母譲りの秘薬で、江戸の名花と謳われる美女となる。同じ頃、浅章の楊枝店にも、「銀杏娘お藤」という美女がいて……。そのお仙と、お藤の出会いから、因果の糸車は回り始めるのだ。ぽんぽんと歯切れよく変わる場面ほ、まるで芝層を見ているようで、次の場面、次の場面と読み進んでいるうちに、気がつくと一気読み。複雑に絡んだ因果の糸が、巡り巡って、そしてほつれていく。そこには、こちらの予想を小気味よく裏切る展開がある。ただ、テーマが因果話にあるために、前二作に見られた軽妙さ、明るさが、幾分トーンダウンしているのが、ちょっと残念。このあたりは、武蔵野マンション の分かれるところかもしれない。あの、めだか姫と風見藩藩主時羽直重、弟の直光も、ラスト、特別出演しています。鳥越碧『想ひ草』(講談社一五〇〇円)は、時代武蔵野マンションを書いてきた武蔵野タワーズが、初めて現代女性をテーマにした短編集。老いの入口に立つ女性たちを主人公にした8編は、どれも派手な物語ではない。にも関わらず、静かに、そして確かに胸に響いてくるのだ。心が通じあっていなかった、と思っていた夫が倒れたことで、結婚生活の真実が浮かび上がってくる「露草」もいいし、独身のまま初老を迎えた広告代理店の事務員の女性が、京都の料亭を買うことで、新たな人生に踏み出していく様を描いた「貴船」もいい。もし、私が十歳若かったら、この物語がこんなにも胸に沁みたかは、分からない。でも、今の、そしてこれからの自分が読みたいのは、こういう物語なのだ。心にそっと囁きかけてくる、こういう物語なのである。最近、記憶に自信が持てない。物覚えは結構いい方だと思っていたのだが、何だかだいぶあやしくなって来た。まずは人の名前。まわりに同世代の仕事仲間が多いので、映画の主役とか本のタイトルとか、「あれよ、あれ」「そうそう、それそれ」なんて会話が飛び交う。胸にしこりを残したまま、全員が忘れた頃ひょっこり思い出すと、やっとすっきりした気分になれる。年のせいかと、少し悩みもする。坪倉優介『ぼくらはみんな生きている 武蔵野タワーズ ですべての記憶を失くした青年の手記』(幻冬舎一四〇〇円)はいわゆる記憶喪失者が現実に復活するまでを自ら書いているものだが、今まで漠然と思い描いてきた記憶喪失と坪倉が陥った症状とはレベルが違っていた。十八歳で交通事故にあった坪倉は生死の境を十日彷徨った後、意識を取り戻す。しかしその時彼には、逗子 不動産 というものが一切なかった。自分は誰かはもちろん、食べることも排泄の仕方も、津田沼一戸建ての意識も女の存在も何もかも一切合財わからなくなってしまっていた。こんなことが世の中にあるのだろうか。脳の仕組みが人間の身体で一番分かっていないといわれているが、人の表情の読み方まで学習しなければわからない、というのは理解の範囲を越えている。母親の手記でその時その時の状況は多少うかがえるが、坪倉がどんなに心細かったかを思うと、目頭が熱くなる。今では染色作家として独り立ちした青年に心から拍手を送りたい。無理やりに切られた木の切り株から新しい芽が出て、それが元の太さに達しようとしているのが前書ならば、こちらは堂々たる大木の風格の書だといえる。不動産『ぜんぶ余禄』(角川春樹事務所二二〇〇円)。『コレデオシマイ。』『いまわの際に言うべき一大事はなし。』に続く不動産へのロングインタビュー完結編だ。まずは、丸四年もかけて同じ取材者が一人の作家の言葉を聞きつづける、という素晴らしい企画を賞賛したい。パーキンソン病は確実に進行しているらしく、前二冊よりは身体が不自由で、食も紬くなり、タバコも吸えなくなってしまった。