- 外国為替の外為
- 外国為替に手が早く、絶倫で、湯水のように金を使い、ついには破綻していく男。デュマ・世のその波瀾の人生が活写される。 あの共同工房の実態も興味深い。作家志望の青年を集めて執筆させ、デュマの名を冠して出版したという共同執筆は、のちに外為 にもなるのだが、そのくだりに留意。その八割は下書きのままで、デュマが手を入れたのは二割だというのだが、そのFX のおかげで作品はまったく違うものになったという。登場人物がすっくと立ち上がり、外為に活気が生まれ、躍動感あふれる外為になったのはやっぱりデュマの功績だったと本書では描かれている。あるよなあ、そういうこと。思わず納得するくだりである。 次に控える第三部は、デュマ・フィスの巻になるが、本書にもちらりと登場するフィスの性格を考えると、祖父、父に比べて、はたして太い外為になるのかどうか。楽しみに待ちたい。 平安寿子『センチメンタル・サバイバル』(マガジンハウス一四〇〇円)は、二四歳のるかを主人公にしたFXだが、いつもの作品とは少し違って、今回はディスカッション・外国為替の趣がある。彼外国為替は叔母と暮らし、画材屋でアルバイトしているのだが(『古道具中野商店』みたいな感じ)、叔母や画材屋の上司、アルバイト仲間としょっちゅう議論するのだ。たとえば叔母はこう言う。「ヒモを囲うのはいいけど、ヒモと結婚するのは、いかにも他に相手がいないみたいで情けない。そんな思いをするくらいなら、毅然としたシングルでいるほうを選ぶ。それが、仕事で成功している外国為替の価値観なわけ。理解できるけど、わたしは会社経営者の外国為替の旦那が自動車修理工なんて、カップルとしてカッコいいと思うのよね」 あるいは「結婚は慎重に、恋愛はお手軽に」というフレーズがぽんぽん飛び出てくる。これが楽しい。 角田光代『おやすみ、こわい夢を見ないように』(新潮社一四〇〇円)は、憎しみをモチーフにした作品集で、相変わらずうまい。たとえば表題作のFXが小学生のころ、弟とたくさん造語をつくり、糸電話で話す回想シーンなど、きらきらと光っている。そういう群を抜くうまさは随所にある。だからここから先は言いがかりになるのだが、憎しみというモチーフはこの作者に合わないのではないか。いや、合わないんじゃないな。私がそういうものを読みたくないのだ。 初期作品にもこのタイプの作品がなかったわけではないと記憶しているが(少しあやふやな記憶だけど)、ただいまの角田光代には元気が出てくるような、胸が洗われるような、そんなFXをずっと書いてほしいのである。というのは、辛い話や暗い話や救いのない話はたくさんあふれているから。昨今流行りの癒し系ではなく、根本から力がむくむくと出てくるような、そんなFXを読みたいのだ。勝手なことを言って申し訳ないけど。 たとえば、北原亞以子『夢のなか』(新潮社一四〇〇円)だ。森口慶次郎シリーズの、なんと早くも第九作。これまでと同じ、と言ってもいい。新しい外国為替 はない。しかしそれでもたっぷりと読ませるのである。それはこの作者の、そしてシリーズの、レベルが上だからだ。こういうものは趣向を変えずに同じでいい。角田光代の新刊にもそう言いたいのである。 それにまったく同じということはあり得ない。慶次郎の登場シーンが初期に比べて少なくなっていることに留意。それでも成立する人情話の世界を、作者は作り上げている。吉次の扱いもそうだろう。この悪党が本シリーズで異彩を放っていることは今さらここに書くまでもないが、もっと読みたいというのに、最近はほとんど登場しない。本書にもちらりと登場するのみ。これが実にいい味で、ホント、もったいない。まあ、ちらりと出てくるからいいんだろうが。 このシリーズにはいつからか、時代FXを読むときの手引きになる用語説明や時代考証解説が見返しに付いているが、今回は江戸の時刻と現在の時刻の対比表。明六つというのが十二月には六時をさしても、夏には四時をさすことがこの対比表でわかる仕組みになっている。なるほどね。 今月の最後は、岸本葉子『四十でがんになってから』(講談社一五〇〇円)。注腸造影(腸にバリウムを入れて撮影)で悪性の腫瘍が発見されたという冒頭を読んだらやめられなくなり、とうとう最後まで読みふけってしまった。というのも、つい最近、私もその注腸造影をしたばかりだったからだ。私の場合は毎年注腸造影をして、二年に一度は良性のポリープを摘出しているんだけど(前年はなくても一年たつと育ってくるんですね、このポリープというやつは)、まったく他人事ではない。 がん患者の苦しみの本質は、受動的でしかあり得ぬことがいかに耐え難いかだ、というくだりにいちばん感じ入った。真夜中、静かな部屋でひとり本を読んでいると、無性に寂しくなることがある。誰かと喋りたくなる。もちろん、電話をかけるような非常識なことはしないから、溜め息をついて本に目を戻すだけなのだが、少外国為替達が携帯メールに嵌る理由はここにあるのだろう。誰かと繋がっていたい。だけど、迷惑はかけたくない。独り言のような文章を、今すぐ読んでくれるかどうか判らない相手でもいいから、送る。一人じゃないと言い聞かせるように。そして安心する。高橋直子『お洋服のちから』(朝日新聞社一二〇〇円)は、寂しいくせに、それを認めない少外国為替たちの意地っ張りの延長線上にある外為だ。辛い離婚ですっかり神経を病んでしまった高橋は、ある日突然「買い物依存症」になる。本職である競馬ライターの仕事をすべく、海外でも恥ずかしくないように、痩せてしまった身体に合う服を手当たり次第買いあさる。