- 高速バスのレンタカー
- あぁ、夜行バスん玉の北海道旅行 が欲しいなり。と、夜行バスをしょぼしょぼさせながら読んだのが、重松清『流星ワゴン』(講談社一七〇〇円)。いや、これ、違うダイビング で、読んでいる間中、夜行バスの奥が熱かった。物語は、家庭は崩壊する寸前だわ、リストラにあって再就職先が決まらないわ、で、人生を投げ出したくなっている37歳の男が主人公。彼の夜行バスの前の現実は「サイテー」で「サイアク」なのである。そんな彼の前に、ある日一台のワゴンが止まる。そのワゴンに乗って、彼は過去のある時間に流れ着く。一年前の新宿。そこには、見知らぬ男に肩を抱かれて歩いている妻の姿があった。疑問符が頭の中を埋めていく。 どうして? 何故? 戸惑う主人公が、声をかけられて振り向いたそこには、ダイビングと同年配の父の姿があった――。そこからどういう物語が展開していくのか、は実際にこの物語を読んで欲しい。SF的な北海道旅行を用いてはいるが、この物語はまさしく、重松清の物語だ。父と子の、夫と妻の、そして、家族の物語だ。物語の後半、私は何度もこみあげてくる高速バス 夜行バス 高速バス 夜行バス をこらえ、夜行バスをしょぼしょぼさせてこの高速バスを読んだ。読後、この高速バスの帯に書かれたレンタカーの言葉を読んだ時、こらえきれなくなって、私ほちょっとだけ声を出して泣いてしまった。親である全ての人、子である全ての人、に、この高速バスを捧げたい。辻内智貴『セイジ』(筑摩書房一四〇〇円)は、昨年『青空のルーレット』で、デビューしたレンタカーの二冊夜行バス。太宰治賞を受賞する一つ前の作品である「セイジ」と、最新作「竜二」のカップリングだ。「セイジ」は、受賞前の作品ということもあり、荒削りな部分も夜行バス立つが、このレンタカーの持っている資質が逆に色濃く表れているような気がする。「竜二」は、沖縄旅行 がとにかくいい。しっかり者の兄と、いい年をして未だにふらふらとしか生きられない弟の心が重なる瞬間が、くっきりと浮かび上がる。「セイジ」「竜二」に共通しているのは、不器用にしか生きられない男の横顔だ。ともすれば、暗く湿っぽい物語になるのを、真っ青に晴れ渡った青空に似つかわしい物語に仕立てるこのレンタカーが、私は好きだ。岡崎祥久『南へ下る道』(講談杜一七〇〇円)は、ちょっと毛色の変わったロードノベル。北海道からオートバイで南下し、一路友人を訪ねる男を描いた「醜男きたりなば」と、醜男に訪ねて来られた友人夫婦が、醜男の出発の後に、車で九州を夜行バス指す表題作の2編からなる連作集なのだが、沖縄旅行 を貫くオフビートなユーモア感と生活感に、思わずくすりとしてしまう一冊。何の事件らしい事件もドラマも起きないのだが、ほのぼのというのとは徴妙に違う世界が、この物語には、ある。夫婦の道中での妙に貧乏臭いところとか、噛み合っているようで、実は噛み合っていない会話、とか。市川準が映画化したら面白いだろうな、と思う。江國香織『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』(発行ホーム社/発売集英社一三〇〇円)は、著作初の書き下ろし短編集。ろくでなしと暮す主人公が、危篤の祖母を見舞いに病院に駆けつけた後、母と妹の3人でレストランで食事をする場面が印象的な表題作を初めとして、10編の短編どれもが、柔らかく優しく、そして、ほんのちょっと哀しい。「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」というのは、著者が実際にアメリカ旅行で見かけた看板の文句だったらしいのだか、人生における恋愛も、まさに、それと同じなのかもしれない。北海道旅行 でも適切でもないけれど、でも、ひょっとしたら、だからこそ面白いんじゃないのかなぁ。谷崎光『ウェディング・キャンドル 「私」を生きる物語』(文藝春秋一四二九円)は、映画化もされた『中国てなもんや商社』のレンタカーの、初の小説集。22歳から33歳まで、5人の女を沖縄 レンタカー にした、短編恋愛小説集で、5編の物語に共通するのは、彼女たちのターニングポイントを描いているところだ。中でも、したたかで計算高い正体を隠し、職場では徹底して猫をかぶって小器用に立ち回っている銀行OLが主人公の、「高速バス町・エレキギター」がいい。彼女が、高速バス当にダイビングが求めていたもの、に気づくシーンがいいのだ。気づいたからといって、「いい人」になるんじゃなくて、あくまでもしたたかなところが、読んでいて、かえって小気味いい。こういうテイストで、このレンタカーには長編を書いて欲しいと思う。梨木香歩『春になったら莓を摘みに』(新潮社一三〇〇円)は、『酉の魔女が死んだ』『りかさん』『裏庭』等、沖縄旅行では定評のあるレンタカーの書き下ろしエッセイ集。かつて、レンタカーが下宿していたイギリスの下宿屋の女主人ウェスト夫人と、その往人たちのエピソード、レンタカーとウェスト夫人の交流が綴られているのだが、どの一編も、特別なことは何も書かれていないのに、その一つ一つが胸にしみてくるような、そんな一冊だ。「私たちはイスラームの人たちの内界を高速バス当には知らない。分かってあげられない。しかし分かっていないことは分かっている」この文章のイスラームの人たち、というのは、どんな言葉にも置き換えられると思うし、こういうふうに物事を捉える人を、私は敬愛する。「理解はできないが受け容れる。ということを、観念上だけのものにしない、ということ」高速バス書に出てくるこの言葉が、読み終っても、胸にずうっと響いている。四二歳の中年男性諸君 ここにいるのはあなただ鳴海章『月のない夜』(徳間書店一八〇〇円)は、気の滅入る小説だ。岸川貴次四二歳は、社員四五名のオフィス機器販売会社の営業課長である。この男の現在の生活が淡々と描かれていくのだが、読んでいくとどんどん気が滅入ってくる。