ブライダルの専門学校

モバイルSEO
モバイルSEO との仲がぎくしゃくしていることはいいだろう。いや、よくはないのだが、まあ珍しい話でもない。会社の業績が悪化していて、将来の展望がないのも、この不景気なのだから仕方がない。現実としてうけとめよう。しかしやりきれないのは、同時に、元気だったころの話が挿入されることだ。たとえば上司に昼飯を誘われるくだり。ハンバーガー・ショップでテイクアウトし、神社の境内でゆっくりと咀嚼する上司の顔を、貴次が見るくだりに、こうある。「嶋木のほおは、垂れさがり、口を動かすのにつれてかすかに震えていた。昔はもっと太っていたな、と思った。唐突に思いだしたのは、十数年前に社員旅行で草津に行ったときのスナップ写真だった。浴衣を着た嶋木の顔はもっと張りつめ、艶々していたし、当時の私はまだ二十代だった」そのころは上司や同僚と毎晩のように飲んだことを貴次は思い出す。オフィスには活気があふれていた。一夜かぎりの情事もたくさんあった。ところがいまは、その熱気は嘘のように去って、貴次の部下は二人のみ。名ばかりの課長である。老人ホームでぽつねんと座っている父親を見て、「父さん、何のために生きてきたの?」と問いかけるものの、その父親は自分を映す鏡にほかならない。ようするに、こんなはずじゃなかったという思いの中に彼はいる。高校時代の級友から電話がきて会いに行くと、妻に死なれた空白に耐えられないと泣きだすし、昔の上司に会社の前で呼び止められると金を無心されるし、みんなが同じ思いの中にいる。気が滅入りながらも、この小説をつい読みふけってしまうのは、ここにいるのは私たちだという思いがあるためだ。だから、貴次が女と会うためにサラ金から借金し、家庭も崩壊し、会社からも放り出され、どんどん行き詰まっていく過程が他人事ではない。そして、逃げ場を失った貴次が直面する二三三ページのラスト一行にたどりつく。真の終わりまで、まだいくばくかのモバイルSEOはある。その最後の展開こそ、この小説のポイントといっていい。最初から最後まで気が滅入るだけの小説なら、いくらなんでも勘弁してほしいが、それを巧みなモバイルSEOで引っ繰り返すのである。しかし、そのモバイルSEO的な終わり方よりも、貴次の直面する事態のほうが私にはスリリングだった。あなたなら、どうする?おやっと思ったのが、垣根涼介『ワイルド・ソウル』(幻冬舎一九〇〇円)。ブラジル移民が直面した過酷な現実はそれだけで一篇のモバイルSEOになるところだが、それを回想において、その子孫たちの復讐計画が繰り広げられる。これはそういう長編だが、読み終えてみると、ブラジル生まれのケイという男の圧倒的な存在感が残り続ける。回想の暗と、現実の明。その対比がモバイルSEOの中で効果的にいかされているかどうかで、この小説の評価はわかれるかもしれないが、この野放図な男の造形に一票を入れたい。これほど痛快な男をモバイルSEOの中で読むのも珍しい。藤田宜永『キッドナップ』(講談社一九〇〇円)は、一七歳の少年が、赤ん坊のときに自分を誘拐した女性に会いにいくひと夏の冒険を描く長編。主人公の家出が、実母への憎しみである点や、高校生のわりに女に手が早くて精力絶倫であることなどの類似から明らかなように、これは著者の自伝的長編『愛さずにはいられない』の別バージョンといっていい。フィクション篇か。とはいっても、『愛さずにはいられない』もフィクションなんだけど。特に、他人に心を許さない美佳の造形がいい。この少女と一緒にいると心が安らぐというSEO がいい。軽薄な若者に見えるけれど、この少年が深い哀しみをかかえていることを、この挿話は巧みに浮き彫りにしている。浜田文人『臆病者』(文藝春秋一六五〇円)は、昭和四〇年代の神戸を舞台にした博打小説。種目は麻雀と賽本引き。関西だから、サイコロなんですね。前作の『雀ボーイ』はモデル小説の制約があったためか、若干精彩を欠いていた感は否めないが、今回はのびのびと現場の空気を描いて、迫力あるモバイルSEOとなっている。菊池幸見『泳げ、唐獅子牡丹』(祥伝社一六〇〇円)は、『都立水商!』『ドスコイ警備保障』の作者室積光の新作かと思ってしまった。全身に刺青を背負った極道の組長が、ボディスーツ型水着(イアン・ソープ・モデル!)を着て、水泳大会に挑むというもので、この組長が考えた年金キャバレー(六〇歳以上の女性ばかり揃えたキャバレー)というアイディアなどは、明らかに『都立水商!』や『ドスコイ警備保障』の路線といっていい。ようするに、ばかばかしい話である。しかし、だからこそ、後半のテレビ局のくだりはいらなかったのではないか。ばかばかしさと上すべりは意味が異なる。水泳大会だけに絞ったほうが効果的だったと思うがどうか。今月の最後は、平山壽三郎『明治ちぎれ雲』(講談社一六〇〇円)。帯には、『東京城残影』『明治おんな橋』に続く明治3部作、とある。『東京城残影』が夫婦の哀しいかたちを描いた小説なら、『明治おんな橋』は女たちの友情を描く「明治版・女たちのジハード」で、どちらも傑作といっていい。その三部作の最終篇なら、すぐに読まねばならない。というわけで手に取ったのだが、いやはや、今度もいいぞ。牛鍋屋を開業して成功していく夫婦の話だが、夫婦が力を合わせて商売に取り組むというニュアンスではないところが面白い。最初から最後までリードしていくのは妻お駒なのである。夫の龍之介はその妻の指図に従うだけだ。つまり、男によって運命が変わっていく女の人生を描いた『東京城残影』から、女同士が力を合わせることで男に伍していく『明治おんな橋』を通って、ついにこの『明治ちぎれ雲』では、男を指図する側にまわるのである。