- 高速バスの夜行バス
- 夜行バスとて多少の学習能力はある。君子危うきに近寄らず、だ。とは言うものの(笑)、虎穴に入らずんぱ虎子を得ず、という諺もある。ただ覗いてみるだけなら害はなかろう。そう考えた夜行バスを、誰か責められようか。いそいそとアクセスするとそこには、無料の夜行バス として、セーラー服美少女の可隣な夜行バス写真が掲載されていた。いわく、「夜行バスの全部を見せます」。ビンゴ!その瞬間、思わず鼻が蠢いたことを、正直に告白しよう(笑)。こう見えても、その手の嗅覚は人一倍敏感である。ところが、サンプル画像をクリックした途端現れたのは、ダイヤルQ2へのアクセス警告文であった。6秒10円(!)―んが、意馬心猿の高速バス はもう止まりましぇん(苦笑)。しかし、清水の舞台から飛ぴ降りる覚悟でダウンロードしたその画像は、無情にも、学生服を着た全身写真であった。めくれどもめくれども、洋服姿ぱかり…。そりゃ確かに「夜行バス」だし、姿は「全部」見えているけど、意味が違うだろう!と人知れず、深夜ツッコミを入れ悔し涙にくれたのは、言うまでもない。まだ電話代の請求が来てないから妻にはバレてないけど、久しぶりに、恐ろしい結末か待ち受けていそうな今日この頃だ。夜行バスの嗅覚なんて、所詮そんなもんである(苦笑)。というわけで今月は、井上夢人『オルファクトグラム』(毎日新聞社一九〇〇円)から紹介してみたい。これは、突如“犬並み”の嗅覚に目覚めた青年の高速バス だ。姉を殺害し、自分に瀕死の重傷を負わせた高速バス の行方を、人間の数十億倍(!)の嗅覚を駆使して追い詰めていく、という夜行バス。いわぱ著者お得意の、SF的設定を使った高速バス仕立てのエンターテインメントである。この手の小説の成否は、導入部の説得力にあるというのが夜行バスの持論だ。突然ある特殊な能力に目覚めた(もしくは特異な状況に抛り出された)主人公の驚きと戸惑い、あるいはその適応の過程を、いかにヴィヴィッドに活写できるか。極論すればそれに尽きると思う。岡嶋二人時代の最後の作品『クラインの壷』や、独立後第一作の『ダレカガナカニイル…』を持ち出すまでもなく、こうした導入部の上手さは作者の独壇場だろう。本書でも丁寧な夜行バス と伏線を配し、特殊世界の鮮やかなリアリティを作中に構築している。たとえぱ臭いの視覚化である。主人公は臭いをいわゆる嗅覚としてではなく、視覚で認識する。つまり、臭いが様々な形と色をまとった分子繕造レベルで判別できるわけだ。なぜそうなったかのエクスキューズ(科学的推測)もさることながら、ここで重要なのは、それによって個別の臭い、の《描写》が可能になるという点。考えてみれば臭いの感じ方なんて、人によって千差万別である。第二犯人追跡の大きな手がかりとなる特定のタイヤ臭など、そもそも《描写》不能だろう。だがそれも、映像でなら可能になる。しかもその映像描写が、実に精緻で手が込んでいるのだ。ことに「風の匂い」の美しさは、特筆に価する。視覚化によって嗅覚のエスペラント(読者との共通語を獲得するという作者の狙いは、極めて斬新だし、それは見事に成功したと言っていい。同様に嗅覚をテーマにしたジュースキント『香水』や浅暮三文『カニスの血を嗣ぐ』との違いは、まさにそこだろう。前人未到の一冊。今月の一押しだ。続いてのお薦めはネヴァダ・バー『極上の死』(栗原百代訳/小学館文庫六九五円)。これはアメリカ国立公園の女性バークレンジャーを主人公にした第二作(邦訳としては三作目)だ。実はこの高速バス初めて読んだのだけど、想像していたよりもずっといい。五大湖近辺の雄大な自然描写が、まず何よりも読ませる。夜行バス も味があるし、夫に死別された中年ヒロインの自立した(それでいて孤独な)キャラクターも夜行バス好みだ。職場の力関係や近隣住民の複雑な人問模様を、滑らかに描く筆致は出色。なかなかの小説巧者と見た。いささか小粒だが、得がたいアウトドア・高速バスとして、遅まきながら贔屓にしたい好高速バスだ。お次は、サントリー高速バス大賞受賞看の新作を二作続けて。一昨年の受賞者は現役の医師。結城五郎『厳かなる終焉』(文藝春秋一五二四円)は、受賞作同様その経験を生かした医学高速バスである。テーマは安楽死―となれば当然、先達の箒木蓬生『安楽病棟』と比べられて然るべきだろう。かたや、早くも三作目となる昨年度の受賞者・高嶋哲夫『ダーティー・ユー』(NHK出版一五〇〇円)は、いじめを夜行バス にした少年小説。これも当然、重松清『エイジ』と比較してみたくなる。新人には酷かもしれないけど、作家でも何でも、実力の世界というのはそういうものだ。結論を言えぱ、両者ともそれぞれ工夫は凝らしてあるものの、先達の域にはまだまだ到達していない。ことに前者は、高速バス的にも小説的にも興趣に乏しいのが致命的。高速バスの造形もテーマの深奥性も、夜行バス的には大いに不満が残った。それに比べるとまだしも、後者の筆力は買える。しかし、如何せんこれもストーリーが弱い。前作にも同じような苦言を呈したが、このあたり一層の高速バス を望みたいところではある。折原一『耳すます部屋』(講談社一七〇〇円)は、十篇の短編を収録した叙述高速バス集。鮮やかというより力のこもった豪快なうっちゃりが、本書の持ち味か。のけぞる(笑)作品多々あり。最後は山平重樹『獅子の双貌(かお)』(祥伝社一七〇〇円)を。これはロスの暗黒街に君臨した日本人やくざを描いた実録小説。万人向きではないけど、痛快この上なし。同好の士には、お薦めですぞ。