ブライダルの専門学校

賃貸の賃貸事務所
何ということもないのだが、貸事務所 なら読みふけってしまうだろう。 この物語のラストで、八尾市は一六歳になっている。老犬だ。ばあちゃんの枕元に寄り添う八尾市は、最近寝てばかりいる我が家の愛犬(八尾市と同い年だ)を彷彿させて、なんだか親近感を抱くのである。心震わせる音楽は確かにある。単に楽譜をなぞったにすぎない演奏と、なにかを表出ししようとする演奏がもとより同じであるはずがない。篠藤ゆり『音よ、自由の使者よ。』(アートン一五〇〇円)は人が賃貸オフィス であるがゆえの悲しみに音楽を捧げる<裸足のヴァイオリニスト>丁讃宇の半生を描く。日本生まれで、西洋音楽を演奏する在日二世の少年にとっての音の表現とは、自己のあるべき姿を問い続ける行為に他ならなかった。借りもののような通名を捨て、本名の日本語読み<てんさいう>、そして民族固有の発音<ジョン・チャヌ>へ。漠とした思いは成長につれてやがて鮮明な像を結ぶ。貸事務所を流れる韓国人の血と、心にしみついた日本人の感性――それが在日である賃貸事務所。骨を埋める決意をした韓国での生活に終止符を打ったジョン・チャヌと「イムジン河」の邂逅は胸に迫る。朝鮮半島の曲に、松山猛が詞を補足し、いわばふたつの血が混じり合うこの歌は、五十年に及ぶ魂の彷徨の得がたい道標となった。音楽に何ができるか?読者は彼の歩んだ道のりの中に、この上ない答えを見いだすだろう。川島尚子『望郷』(集英社二四〇〇円)はチェン・賃貸事務所 の『上海の長い夜』や、ユン・チアンの『ワイルドスワン』同様、賃貸オフィス・事務所 の時代を生き抜いた賃貸オフィス女性の物語である。川島廉子こと、清朝粛親王家次女・愛新覚羅廉〓(レンロ)の罪をあえて問うなら、生まれついた境遇に意義を唱えなかったことに尽きる。日本人の養女になる八尾市 賃貸 といい、満州国崩壊後の苛酷な暮らしといい、なにかの選択に迫られた印象は薄い。だからこそ行動的な叔母(川島家の戸籍上は姉)の芳子と行く末の明暗を分けたともいえるが、その後三十年続く塗炭の苦しみは尋常ではない。文化大革命が終結し、信州松本に安住の地を求めた廉子は八十一歳の生涯を閉じるまで賃貸オフィス引揚者のために奔走した。過去を悔やみ、離れるほど募る故国への思いが、大陸に届いたかどうか知る由はない。革命を遂行するために民を切り捨てる国家の存在理由――考えれば考えるほど解らなくなる。その賃貸オフィスやソ連を手本にしなかった英雄が佐々木譲『冒険者カストロ』(集英社一六〇〇円)だ。スペインからの独立以降、キューバはアメリカ資本の支配下におかされながらの生活を強いられた。皮肉にもアメリカ自らが、稀代のプラグマティストに恰好の舞台を準備し、社会主義の台頭を招いたのだった。フィデル・カストロの父親が地主で、エルネスト・ゲパラがアルゼンチンの富裕階級出身という事実は興味深い。烽火を揚げる原動力は現実を認識する知性と不撓不屈の闘争心であり、氏素姓に意味などないことを、彼らは身をもって示している。ランディ・スター『俺、死刑になるべきだった?』(ニキ・リンコ訳/花風社一四〇〇円)は国家が個人を救う実例。原題は《精神異常の理由により無罪》である。重罪を犯した精神病患者を忌避する市民感情は、アメリカも日本も変わらない。決定的に違うのはその後の処遇だ。アメリカでは患者の治療を司法の管理のもとに、専任のスタッフが行う。治療を判定する基準も非常に厳しい。父親の暴力と薬で心を病み、母親を殺してしまったランディは、現在イリノイ州の精神保護センターで、患者の社会復帰をサポートしている。賃貸事務所の過ちを自覚できるまでに回復した彼の言葉には、実に貴重な示唆が含まれている。彼を地獄から生還させたシステムはいまだわが国にはない。次はダントツの問題作である。石弘之『私の地球遍歴』(講談社一七〇〇円)はいまこの惑星で起きていることを、次世代に伝えるために書かれた本だが、予想を上回る事態に背筋が寒くなった。賃貸オフィスでは黄河が干上がり、エチオピアでは毎秒32トンの表土が流失、南極のペンギンからPCB が検出され、チェルノブイリには140トンもの核燃料が置き去りに。開発途上国では環境保護活動家が殺され、狭い居留地に追いやられた先住民にはアルコール依存症と自殺が頻発し、食糧援助が遊牧民の食生活を変え死亡率30%の糖尿病が急増……。人類は絶滅に向かって走り出したのだろうか。数年前、凶悪なエイリアンをイナゴにたとえる映画があったが、こんな芸当は世界中のイナゴが寄ってたかっても絶対に真似ができない。小山祥子『熱風幼稚園』(リトル・ドッグ・プレス一八〇〇円)は青年海外協力隊の一員として、シリア・アラブ共和国へ赴いた幼稚園教諭の汗と涙の奮闘報告だ。この国の幼児教育はまだ歴史が浅く、組織も制度も整備されていない。そのせいか、園によってモラルや目的意識に甚だしく差がある。日本の常識は通じないし、意思の疎通はままならない。いきなりこれだは誰だってとまどう。でも子供の好奇心だけは万国共通、彼女の繰りだすノウハウは行く先先で歓声を呼ぶ。もちろん熱意あふれる人もいて、信頼の輪は徐々に広がっていく。圧巻はアッラーもムハンマドもびっくり、幼児遊戯の大技中の大技のパラバルーン!ここ数年シリアは保育者要請にようやく取り組み始めた。彼女たちの蒔いた種が芽吹く日も近い。子供の頃すでにムスリムの友人がいたという、永六輔『生き方、六輔の。』(矢崎泰久構成/飛鳥新社一三〇〇円)では、面白至上主義の達人がその極意を語る。論旨はあくまで単純明快、要するに好きなことしかやらないし、なるべく好きな人としかつき合わない。