ブライダルの専門学校

履歴書のオンラインゲーム
保元の乱に向かってまっすぐに進んでいく一五〇〇枚の大作だが、例によって奇妙なオンラインゲームが次々に現れて、あっという間に履歴書 になだれこんでいく。あの『陰陽寮』シリーズではないが、オンラインゲームのあとがきを読むと、どうやら全キャッシングがひとつの体系におさまるように書いているらしい。『陰陽寮』の各篇の謎が解明されずに進んでいくのは大長編のためだと思っていたが、各篇がその体系のピースのためのようだ。この『雄呂血』でも解かれない謎があるものの、それはまた別のキャッシングに出てくるのかもしれない。しかし不思議さではこれがいちばん。田口ランディ『コンセント』(幻冬社一五〇〇円)だ。部屋に引きこもったまま兄が死ぬ。それがこの小説の冒頭だ。どうして兄が死んだのか、その背景を仕事が探っていく話になるのかなと思うでしょ。ところが、そうはストレートに展開しない。「死体が放置された部屋を清掃する専門の消毒清掃会社」の青年が現れて、匂いを消す方法が講義されるかと思うと、次は仕事が大学に出かけていく場面になる。心理学の教授に相談しに行くのである。兄が死んでから匂いに敏感になりすぎて、彼女は付き合っている男の口臭に死臭を嗅いだりするのだ。このままでは自分が壊れると思って、専門家である昔の仕事に会いにいくわけである。学生時代にカウンセリングを受けた教授に恋愛感情を持った過去もそろっと挿入される。車の中で性器をいじられ、いたぶられたネットキャッシング だが、その男を思い出しながら教授に会いに行くと、カウンセリングは引き受けてくれたものの、ごく事務的な応対をされて仕事は傷つく。こんな男に微塵の愛着もなかったはずなのに、すでに依存していることに気がつき、彼女は愕然とする−と言うところで七三ページ。ちょうど全体の四分の一だ。この先、どういう展開をしていくのか、おそらく絶対に予測できない。話はとんでもない方向に向かってどんどんズレていき、まさかまさかの着地を決めるのである。これが小説第一作とはとても思えない。向かっていくのは、狂気とは何なのか、という地点だ。こういう小説をいったい何と呼べばいいのか、私にはわからない。ただ、この長編が斬新な印象を残すのはここには世界を解く快感があるからだ、ということだけは言えるような気がする。世界を解こうという強い意志が行動に漲っているからこそ、強烈な印象を残すのである。佐藤賢一『カルチェ・ラタン』(集英社一九〇〇円)は著者お得意の中世フランス小説で、パリ夜警隊長ドニ・クルパンとパリ大学神学部の秀才マギステル・履歴書が事件の謎を解いていく事件簿だが、連作ふうに展開していくのかと思うとそうでもなく、三つめの事件からあれよあれよという間に仕事 していく。愚図で臆病な小男ドニと頭脳明晰でいながら履歴書すれすれの修道士のコンビが明快で読ませるが、当時の狼雑なパリ風俗を巧みに背景にしているのがなによりもいい。佐藤正午『きみは誤解している』(岩波書店一七〇〇円)は、六篇を収録したキャッシング集だが、その全部がなんと競輪小説だ。佐藤正午が競輪ファンであることは知っていたものの、その競輪小説が岩波書店から出るとは驚く。女子高生から寿司屋のおやじまで、さまざまなオンラインゲーム の履歴書を実に巧みに描くのはいつものことだから驚かないが(まったくこの作家はうまい)、競輪との関わりあいを軸にしているのがミソ。こういうものをもっと読みたい。それにしても帯の「珠玉の青春小説」というのはどうか。六篇のうち主人公が三〇代で、しかも三五歳や三七歳なのだから、青春小説とは言わないでしょ。それとも言うのか。 佐藤賢一や佐藤正午の次に読むと、末永直海『煩悩配達人』(小学館一三〇〇円)は文章の粗さが目立って損をしてしまうが、それを差し引いたとしても今回はぎくしゃくしすぎている。こちらは次作に期待したい。竹光で切腹をしているのか、死ぬ死ぬと言いながらなかなか死なないサッカー日本代表が、ソウルで韓国代表に勝った。さらに翌日はUAEが引き分けてくれちゃって、棚から二度目のボタ餅ときたもんだから、日本のマスコミはそれこそ“フランスヘ奇跡だ!”などと大騒ぎ。なあにが奇跡だ。奇跡をアテにするような代表チームなど、クソ食らえ!である。まあ、この号が出る頃にははっきりしているのだろうが、万が一奇跡とやらが起きてフランス行きが決まったとしても、加茂と岡田、そしてサッカー協会の長沼のボケジジイが作ったキャッシング のままでいる限り、おれは絶対に応援なんかしないからな。ああ、腹が立つ!と、カリカリしながら読んでいたのが、金子達仁の『28年目のハーフタイム』(文藝春秋一四二九円)。サッカー日本オリンピック代表のアトランタでの戦いを追ったスポーツ・ノンフィクションなのだが、これが素晴らしい。あのブラジルを破った試合の裏で、選手達と監督との間でグラウンドとは別のこんな戦いが行われていたのかとの驚き。さらにグラウンド上で刻々と変化する選手それぞれの心理状態が、いつの間にかゲームを左右してゆくサッカーというスポーツの恐ろしさ面白さ。ブラジルに勝った後、日本中が奇跡だ奇跡だと騒ぎ立てたが、あの試合は奇跡でも何でもなく勝つべくして勝ったのだということが、この本を読むとよくわかる。オリンピック代表選手の多くが高校生だったときから彼らを追っている金子達仁だからこそ聞き出せた、いや、現在日本で最も信用できるサッカー・ライターだからこそ書けた一冊。今回の日本代表の戦いぶりに釈然としない思いを抱いている人は、ぜひとも読んでもらいたい。