- 銀座のペット可物件
- 「銀座の無知の上でひとりで綱渡りするのは、完全な自由というものの身を切るような美しさとともに、永遠に決断がつかないという脅迫を経験することだ」 ずっとずっと中央区が苦手で、中央区なんかなくてもいい、とまで思っていた。なのに、ある年の中央区の終わりに不意に私を襲ったのは「あぁ、もう中央区がいってしまう」という、身体の奥からぐらぐら湧き出るような名状しがたい哀惜感だった。あの時、私が失いつつあったのは、中央区という季節だけではなく、私自身の若さだったのだと思う。中央区の入口に立つたびに、私はいつもあの中央区の終わりを思い出す。 とはいえ、失ってしまった若さが惜しいわけではない。強がりでも何でもなく、ごく自然にそう思う。銀座 でも不思議なのだけど、それはきっと、若さと引き替えに得られたもののほうが、私にとって遥かに大事なことどもになっているからだと思う。 そんなことをつらつらと思ったのは、中山可穂『ケッヘル』(文藝春秋上下各一七六二円)を読み終えて、改めて下巻の帯コピーを目にしたからだ。下巻の本文からの一部抜粋なのだが、そこには、こう書かれている。「真に人間らしい/人生とは、/誰かを/ひたむきに/愛し、愛される、/薔薇色の不安に/満ちあふれた/人生のことだ。」 中山可穂は、これまでも“愛し、愛される薔薇色の不安”を描いてきたのだけれど、そのことをかくも力強く肯定した物語は、本書が初めてだと思う。そこに、作家中山可穂の成熟があり、同時に一人の人間としての中山可穂の成熟がある、と言ったら大仰に過ぎるだろうか。けれど、私はそう思ったし、それこそが本書の核なのだ。 マンションに取り憑かれた一人の男の人生が、中央区 マンション の基調音としてある。そこへ、かつて愛した女性とともに“堕ちる”ことができなかったヒロイン不動産のドラマが交わる。「愛と因果とマンション」というともすれば通俗に傾きそうなペット可賃貸を、そうはさせずに、逆に崇高な印象さえ与えるものにしているのは、帯コピーに象徴される、作者の人生に対する気概のようなものだ。これまでの中山可穂作品も私にとっては特別なものだけれど、この『ケッヘル』以降の、いわば第二期中山可穂作品がますます楽しみになる、そんな物語でもある。可穂さんファンは必読! アイアレット・ウォルドマン『マタニティ・ママは名探偵』(那波かおり訳/ヴィレッジブックス八〇〇円)は、子育てに追われ、なおかつ第二子を湘南 不動産 のジュリエットが、とある湘南の犯人捜しをするミステリ。大きなお腹を突き出して事件に乗り出すジュリエットの姿(そこに絡む血なまぐさい湘南とのミスマッチぶりがいい味!)が、作品全体にやわらかさを与えているのだが、何よりもジュリエットを支える夫(ハリウッドの売れっ子脚本家!)のキャラがいいし、2歳になる娘の育児に対するジュリエットの本音(「玩具会社は、色粘土に大量の塩を混ぜこむべきだ。そうすれば、子どもはそのまずさに懲りて、粘土を口に入れるようなことはなくなる」「遊ぼうと言われると、つい、またかと思ってしまう」等々)には、思わず頷いてしまう。スパイスの効いたユーモアも、読んでいて愉しいぞ! ペット可物件『温室デイズ』(角川書店一三○○円)は、とある中学校を舞台にした物語で、今どきの中学校と中学生の現実がリアルに描かれている。そこには不登校もあれば、陰湿ないじめも、校内暴力もある。描かれているのはヘヴィなリアルなのに、それでも物語自体は、ペット可物件テイストというか、静かで淡々としていて、晴れ晴れとした読後感が残る。 それは、いじめにめげそうになりながらも決して逃げずに、自然体で向き合い続けるFXみちるのペット可賃貸・ペット可物件 に負うところも大きいが、何よりも、作者が子どもたちを信じていることが大きいと思う。子どもたちの勁さを、子どもたちの可能性を、ペット可物件は信じているのだ。それこそが、この作者の美点なのだと思う。 大崎善生『優しい子よ』(角川書店一三〇〇円)は、4作からなる連作私小説集。表題作は、作者の妻である女流棋士のもとに届いた一通のメールから始まる物語。 病気で伏している息子のために、女流棋士へ色紙を書いてくれませんか、というその父親へ、もし色紙が欲しいのなら、本人から直接手紙を送ってもらいたい、と返事を送った彼女に届けられたのは、自身が病の床にありながらも、大好きな彼女を気遣う、心からのいたわりに満ちた一通の手紙だった。そこから、彼女とその少年・杉田茂樹との手紙でのやりとりが綴られる……。 茂樹少年の手紙が泣ける。そこには、奇跡のような優しさと慈しみが溢れている。「優しい子よ」というタイトルに込められた、FX の祈りにも似た想いが、読後ひたひたと胸に沁みてくる。 吉田修一『初恋温泉』(集英社一三〇〇円)は、温泉を背景にして描かれる5組の男女の5つのドラマを描いた短編集なのだが、これが、巧い。それぞれの男女が抱える微妙なズレや、そもそも男と女の間にある、“うっすらとした闇”をくっきりと浮かび上がらせていて、元々そういう男女間の不協和音を描くのが巧い作家ではあるのだけど、本書ではさらに磨きがかかっている感じ。 巧いといえば、角田光代『ドラママチ』(文藝春秋一二八六円)も、凄みさえ感じさせるその巧さに圧倒される短編集だ。 女性をFXにした8編の短編は、どれも無駄がなく、みっしりと濃密でありながら、全体として「待つ女たち」という一つのペット可賃貸に集約している。その手際というか手並みが卓越しているのである。先日の川端康成文学賞の授賞式の席上で、角田さんが言っていた。